「うちのアパートは空室が多いから、相続税の評価もかなり低くなるのでは?」
賃貸物件を所有しているオーナー様の中には、このように考えている方もいらっしゃるかもしれません。
確かに、入居率が低ければ家賃収入は減ります。収益物件として考えれば、満室のアパートよりも空室の多いアパートのほうが資産価値が低く感じられるのは自然なことです。
しかし、相続税の計算では「家賃収入が少ないから、その分だけ評価額が下がる」という単純な仕組みにはなっていません。
むしろ賃貸アパートの場合、空室が増えることで「賃貸されていることによる評価減」が小さくなり、結果として相続税評価額が高くなるケースがあります。
今回は、賃貸アパートのオーナー様に知っておいていただきたい「空室」と「相続税評価」の関係について、できるだけ分かりやすく解説します。
そもそも空室があっても相続税はかかる?
まず押さえておきたいのは、アパートに空室があるかどうかだけで「相続税がかかる・かからない」が決まるわけではないということです。
相続税は、亡くなった方が所有していた預貯金、不動産、有価証券などの財産を合計し、債務や一定の控除などを反映したうえで計算します。
相続税の基礎控除額は、
3,000万円+600万円×法定相続人の数
で計算されます。
例えば、法定相続人が配偶者と子ども2人の合計3人であれば、基礎控除額は4,800万円です。
正味の遺産額が基礎控除額を超える場合には、原則として相続税の申告・納税を検討する必要があります。
したがって、
「アパートが半分空室だから相続税はかからない」
「赤字経営だから不動産の評価額もゼロに近い」
というわけではありません。
相続税では、実際の収支とは別に、税務上のルールに基づいて土地と建物を評価します。
賃貸アパートはなぜ相続税評価額が下がるのか
賃貸アパートの相続税を考えるうえで重要なのが、入居者がいることによる「権利関係」です。
オーナー自身が使用している土地や建物とは異なり、賃貸中のアパートには入居者がいます。
当然ながら、オーナーだからといって入居者に突然退去してもらったり、自由に建物を使用したりできるわけではありません。
こうした所有者側の利用制限を考慮して、賃貸中の土地や建物については一定の評価減が認められています。
建物は「貸家」として評価される
賃貸されているアパートの建物は、相続税上「貸家」として評価されます。
基本的な計算方法は、
固定資産税評価額-固定資産税評価額×借家権割合×賃貸割合
です。
例えば、借家権割合が30%、賃貸割合が100%の場合、固定資産税評価額から30%相当が差し引かれる計算になります。
国税庁でも、固定資産税評価額100万円、借家権割合30%、賃貸割合100%の場合、貸家の評価額は70万円になる例が示されています。
土地は「貸家建付地」として評価される
アパートが建っている土地についても、一定の条件を満たせば「貸家建付地」として評価されます。
基本的には、
自用地としての価額-自用地としての価額×借地権割合×借家権割合×賃貸割合
という考え方です。
ここでも重要になってくるのが「賃貸割合」です。
空室が多いと相続税評価額が上がることがある
賃貸割合とは、簡単にいえば、アパート全体のうち実際に賃貸されている部分がどれくらいあるかを示す割合です。
原則として、
賃貸中の各部屋の床面積の合計÷アパート全体の各部屋の床面積の合計
によって計算します。
そのため、同じ広さの部屋が10室あるアパートであれば、10室すべてが入居中なら賃貸割合は100%、5室しか賃貸されていなければ、単純化すると50%というイメージです。
そして、賃貸割合が低くなるほど、「他人に貸しているため自由に使えない」という理由による評価減も小さくなります。
つまり、
空室が増える
→ 賃貸割合が下がる
→ 貸家・貸家建付地としての評価減が小さくなる
→ 相続税評価額が高くなる可能性がある
という関係になります。
家賃収入は減っているのに、相続税評価上は必ずしも有利にならないという、賃貸オーナーにとって少し注意が必要なポイントです。
満室と空室50%ではどのくらい違う?
仕組みを理解するため、簡単な例で比較してみましょう。
これはあくまで制度を説明するための例で、実際の相続税評価は土地の所在地や路線価、借地権割合、各部屋の床面積などによって異なります。
次のようなアパートを想定します。
- 土地の自用地評価額:5,000万円
- 建物の固定資産税評価額:2,000万円
- 借地権割合:70%
- 借家権割合:30%
- 各住戸の床面積は同じと仮定
満室の場合
賃貸割合が100%の場合、土地は、
5,000万円-5,000万円×70%×30%×100%
となり、評価額は3,950万円です。
建物は、
2,000万円-2,000万円×30%×100%
となり、評価額は1,400万円です。
土地と建物を合わせると、5,350万円となります。
半分が空室の場合
賃貸割合を50%とすると、土地は、
5,000万円-5,000万円×70%×30%×50%
となり、4,475万円です。
建物は、
2,000万円-2,000万円×30%×50%
となり、1,700万円です。
合計すると6,175万円になります。
この例では、物件そのものが同じでも、賃貸割合の違いによって評価額に825万円の差が生じます。
もちろん実際には、各住戸の床面積や空室の状況、一時的な空室に該当するかどうかなどを確認する必要があります。
ただし、重要なのは、
「空室が多ければ相続税評価も安くなる」とは限らない
ということです。

退去したばかりの空室はどうなる?
ここでオーナー様にとって非常に重要なのが「一時的な空室」の取り扱いです。
例えば、
「長年満室に近い状態だったが、たまたま相続が発生した日に2部屋空いていた」
というケースもあるでしょう。
このような場合まで、必ずその部屋を空室として扱うとは限りません。
国税庁は、継続的に賃貸されてきた部屋が課税時期に一時的に空いていただけと認められる場合には、その空室部分を賃貸されている部分に含めて賃貸割合を計算して差し支えないとしています。
「一時的な空室」は何で判断される?
国税庁では、一時的な空室に該当するかどうかについて、主に次のような事実関係から総合的に判断するとしています。
- 相続発生前まで継続的に賃貸されていたか
- 退去後、速やかに次の入居者募集を始めているか
- 空室期間がどの程度か
- 空室中に別の用途で使用していないか
- 相続発生後も継続的に賃貸しているか
国税庁の質疑応答事例では、「課税時期の前後の例えば1か月程度」といった状況も一つの判断材料として示されていますが、単純に「1か月以内なら必ず認められる」という基準ではありません。個別の状況から総合的に判断されます。
そのため、退去が発生した場合には、募集を止めたままにするのではなく、早期に次の募集を開始しておくことが重要になります。
「募集している事実」を残しておくことも大切
相続はいつ発生するか分かりません。
だからこそ、日頃の賃貸管理の記録が思わぬところで重要になることがあります。
例えば、
- 募集図面
- 管理会社への募集依頼
- 不動産ポータルサイトへの掲載履歴
- 入居者の退去日
- 原状回復工事の実施記録
- 募集開始日
- 申込日や契約日
などです。
こうした資料が残っていれば、「長期間放置されていた空室」なのか、それとも「通常の入退去の間に一時的に発生した空室」なのかを説明する材料になります。
反対に、半年、1年と空室が続き、募集活動もしていない場合には、一時的な空室として扱うことが難しくなる可能性があります。
国税庁も、賃貸用として建築された建物であっても、課税時期に現実に貸し付けられていない場合には、原則としてその部分に貸家建付地としての減価を認めない考え方を示しています。
小規模宅地等の特例にも注意したい
賃貸アパートの相続では、「小規模宅地等の特例」も重要です。
一定の要件を満たす貸付事業用宅地等については、200㎡までの部分について50%の評価減を受けられる場合があります。
ただし、相続開始直前の利用状況や、相続後も貸付事業を継続するかなど、いくつかの要件があります。
空室についても、いつでも入居できる状態で管理し、継続して募集していたような「一時的な空室」であれば、貸付事業用として扱われる可能性があります。
国税庁の事例でも、退去後に不動産業者を通じて新規入居者を募集し、いつでも入居可能な状態で管理している場合には、一定の条件のもとで空室部分を含めて貸付事業用宅地等に該当するとする考え方が示されています。
一方、募集を中止して自分や家族が使用する予定にしているなど、賃貸事業として使っていない場合には、同じ扱いにならない可能性があります。

相続対策のためにも「空室を放置しない」
もちろん、空室対策の一番の目的は家賃収入を確保することです。
しかし相続という視点から見ると、それだけではありません。
長期間空室を放置していると、
家賃収入が入らない
+
相続税評価上の賃貸割合が下がる可能性がある
という二重の問題につながることがあります。
特に、高齢のオーナー様が所有している一棟アパートで、
「最近募集条件を見直していない」
「空室が半年以上続いている」
「募集を管理会社に任せきりで状況を把握していない」
「古くなった部屋を修繕せず、そのまま募集を止めている」
といった状況であれば、一度確認しておくことをおすすめします。
相続前にオーナーが確認しておきたいポイント
賃貸物件を将来家族へ引き継ぐ予定がある場合には、税金だけを見るのではなく、現在の賃貸経営の状態も整理しておくことが大切です。
特に確認しておきたいのは次のような点です。
現在の入居率と空室期間
何室が入居中で、空室はそれぞれ何か月続いているのかを把握します。
空室の募集状況
本当に募集されているのか、募集条件は周辺相場と合っているのかを確認します。
賃貸借契約書が整理されているか
相続が発生すると、相続人が賃貸経営を引き継ぐことになります。
契約書や更新履歴、保証会社の情報などが整理されていなければ、引き継ぎ後の管理にも支障が出る可能性があります。
修繕が必要な部屋を放置していないか
「お金がかかるから」と修繕せず、長期間募集できない状態になっている部屋がないか確認します。
家族が物件の状況を把握しているか
どこの管理会社に委託しているのか、毎月いくら家賃が入っているのか、ローンはいくら残っているのか。
オーナー本人しか知らない状態は、相続が発生した際に大きな負担になります。
相続税だけでなく「引き継ぎやすい賃貸経営」を考える
賃貸不動産の相続対策というと、
「どうすれば相続税を安くできるか」
という話に目が向きがちです。
しかし、実際に相続する家族から見ると、それ以上に重要なのが、
「相続したあと、このアパートをきちんと経営できる状態になっているか」
ということです。
空室が多く、修繕もされておらず、賃貸借契約書も整理されていない物件を突然相続すれば、相続人は大変です。
反対に、入居状況や修繕履歴、収支、契約関係が整理され、管理会社との連絡体制まで整っていれば、相続後も比較的スムーズに賃貸経営を引き継ぐことができます。
相続対策は税金だけではなく、「物件を良い状態で次の世代へ渡すこと」まで含めて考えることが大切です。

まとめ
空室の多いアパートであっても、それだけを理由に相続税がかからなくなるわけではありません。
相続税では、土地や建物を所定の方法で評価し、預貯金などのほかの相続財産と合わせて課税関係を判断します。
また、賃貸アパートの場合は「賃貸割合」が評価額に影響するため、空室が多くなることで貸家・貸家建付地としての評価減が小さくなり、結果として相続税評価額が高くなることもあります。
一方、通常の入退去によって一時的に空室になっているだけで、継続的に募集している場合などは、税務上「一時的な空室」として取り扱われる可能性もあります。
そのため、日頃から空室を放置せず、募集状況や契約関係をきちんと記録しておくことが重要です。
相続税の具体的な計算や特例の適用については、物件ごとに条件が異なるため、税理士などの専門家への確認が必要です。
一方、現在の入居状況や空室期間、募集条件、修繕状況などについては、管理会社でも確認できます。
「将来子どもにアパートを引き継ぐ予定だが、今の管理状態で問題ないだろうか」
「長期空室が増えてきたので、相続も含めて物件の状態を整理しておきたい」
という場合には、税務対策だけではなく、まず現在の賃貸経営を見直すところから始めてみてはいかがでしょうか。
