賃貸物件の退去が決まったとき、オーナー様が気になるのは「次の入居者がいつ決まるのか」という点ではないでしょうか。
ところが、実際の管理現場では、退去後すぐに募集が始まらず、原状回復工事の見積もりや発注に時間がかかってしまうケースがあります。
「室内をきれいにしてから募集すればよい」と考える方もいらっしゃいますが、原状回復工事の完成を待ってから募集を始めると、その分だけ入居者募集のスタートが遅れます。
原状回復工事にかかる費用は見積書に記載されるため、オーナー様も金額を把握しやすいでしょう。一方、募集開始の遅れによって発生する空室期間の家賃損失は、請求書や見積書には表れません。
そのため、気づかないうちに収益を減らしている可能性があります。
今回は、原状回復の遅れが家賃収入に与える影響と、退去後の空室期間を短くするためにオーナー様が確認したいポイントを、不動産管理の実務に沿って解説します。
原状回復工事の遅れは「見えにくい損失」につながる
原状回復工事では、クロスの張り替え、室内クリーニング、設備の修理など、さまざまな費用が発生します。
例えば、クロス張り替えに8万円、クリーニングに4万円、設備修理に3万円かかる場合、合計15万円の工事費が必要です。
この15万円は見積書に記載されるため、オーナー様は「工事費が高いのではないか」「本当に必要な工事なのか」と確認できます。
しかし、募集開始が1か月遅れて家賃1か月分を失ったとしても、「募集の遅れによる損失」という請求書が届くわけではありません。
そのため、工事費の数万円には注意していても、募集開始の遅れによる家賃損失には気づきにくいのです。
家賃8万円なら1日の空室でも約2,700円
空室による損失は、次のような簡単な計算で確認できます。
月額家賃8万円の物件であれば、1日当たりの家賃収入は、30日で計算すると約2,700円です。
募集開始が14日遅れれば、単純計算で約3万7,000円分の家賃収入に相当します。30日遅れれば、家賃1か月分の8万円に相当します。
もちろん、募集を早く始めたからといって、必ずその日数分だけ早く入居者が決まるとは限りません。
それでも、募集を開始していない期間は、入居希望者から問い合わせや申し込みを受ける機会そのものがありません。
原状回復工事を数千円安くするために見積もりの確認を繰り返し、結果として募集開始が2週間遅れてしまえば、削減した工事費以上の空室損失が発生する可能性があります。
工事費だけでなく、工事にかかる日数と募集開始までの期間を含めて判断することが重要です。

原状回復工事が遅れる主な原因
原状回復工事の遅れは、施工会社だけの問題とは限りません。
退去の連絡を受けてから工事を発注するまでの社内手続きや、オーナー様への確認方法が原因となっていることもあります。
退去後に初めて工事内容を検討している
退去日を迎えて室内を確認するまで、何も準備していないケースです。
退去後に室内を確認し、そこから施工会社へ見積もりを依頼すると、次のような流れになります。
- 退去立会いと室内確認
- 施工会社への見積もり依頼
- 施工会社による現地確認
- 見積書の作成
- 管理会社による内容確認
- オーナー様への承認依頼
- 工事の正式発注
- 資材と作業員の手配
この流れをすべて退去後に始めれば、工事着手までに数日から数週間かかることがあります。
退去予定日が分かった段階で、前回の工事履歴や室内設備の状況を確認し、想定される工事項目を整理しておくことが大切です。
見積書の確認と承認に時間がかかっている
原状回復工事は、オーナー様の承認を得てから発注する管理会社が一般的です。
ただし、見積書をメールで送付するだけで、その後の連絡が行われていなければ、オーナー様がメールを見落としてしまうことがあります。
また、見積書に「クロス工事一式」「補修工事一式」としか記載されていない場合、どこをどの程度直すのか判断できません。
オーナー様から質問が出るたびに施工会社へ確認していると、承認までに時間がかかります。
見積書を送る際には、少なくとも次の内容が分かるようにする必要があります。
- 工事が必要な理由
- 工事箇所の写真
- 数量と単価
- オーナー負担と入居者負担の区分
- 工事を行わなかった場合の募集への影響
- 工事の予定期間
- 工事完成予定日
オーナー様が判断できる情報を最初からまとめて提示することで、確認の往復を減らせます。
オーナー負担と入居者負担が決まっていない
退去時には、原状回復費用をオーナー様と入居者のどちらが負担するのかを整理する必要があります。
一般的には、通常の使用や時間の経過によって発生した損耗は貸主側、入居者の故意・過失などによって発生した損傷は借主側の負担として考えます。ただし、実際の負担区分は、賃貸借契約の内容、特約、使用状況、設備の経過年数などによって判断が異なります。
国土交通省も、退去時のトラブルを防ぐため、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を公表しています。ガイドラインは費用負担についての一般的な基準を示したものであり、個別の契約内容や実際の状況を踏まえた確認が必要です。
負担区分の確定を待つあまり、工事の発注まで止めてしまうと、空室期間が長引く可能性があります。
入居者への請求内容の整理と、次の募集に必要な工事の発注を、可能な範囲で並行して進めることが重要です。
施工会社の手配ができていない
引っ越しが増える時期は、原状回復工事の依頼も集中します。
施工会社が決まっていても、退去後に初めて連絡したのでは、希望する日程で作業員を確保できない場合があります。
特に、クロス、床、電気、水道、クリーニングなど複数の業者が関わる工事では、工程の調整が必要です。
管理会社が普段から複数の施工会社と連携し、退去予定を早めに共有できているかどうかによって、工事開始までの期間は変わります。
原状回復が終わるまで募集できないとは限らない
「工事が完成していないので募集できません」と説明されることがありますが、必ずしも原状回復工事の完成まで募集を待つ必要はありません。
退去予定日、工事内容、完成予定日、入居可能日などがある程度決まっていれば、工事中でも募集を始められる場合があります。
退去予定の段階から募集準備を始める
入居者から解約通知を受けたら、まず次の募集条件を確認します。
- 募集家賃
- 管理費や共益費
- 敷金・礼金
- 入居可能予定日
- 設備や募集条件の変更
- 前回募集時からの周辺相場の変化
募集条件を退去後に検討し始めると、その分だけ公開が遅れます。
退去予定の段階で査定や条件確認を行い、オーナー様の承認を得ておけば、退去日を待たずに募集準備を進められます。
現在の入居者が居住中の場合でも、「退去予定」「内見開始予定日」「入居可能予定日」などを正確に表示することで、先行して募集できることがあります。
ただし、確定していない工事内容や設備を記載したり、実際とは異なる室内写真を使用したりすることは避けなければなりません。
過去の写真を活用して先行募集する
前回募集時の室内写真や間取り図が保管されていれば、先行募集に活用できます。
工事前や入居中であること、写真が前回募集時のものであることなどを適切に説明し、現在の状態と誤解されないようにする必要があります。
過去の写真が暗い、画質が低い、設備が変わっているといった場合には、工事完成後に速やかに撮影し直します。
募集開始時点では過去写真を使用し、工事完成後に新しい写真へ差し替えることで、募集開始の遅れを防ぎながら、完成後の魅力も正確に伝えられます。
完成予定日から逆算して入居可能日を設定する
工事中に募集する場合、工事完成日と入居可能日を正確に管理することが重要です。
工事が3月10日に完成する予定であれば、清掃後の確認や鍵交換などに必要な日数を考慮し、3月12日や3月15日を入居可能日に設定するといった考え方です。
無理な日程を設定して工事が間に合わなければ、申込者とのトラブルにつながります。
余裕を持った日程を設定しながら、工事の進捗に応じて入居可能日を更新する必要があります。
退去後の空室期間を短くする理想的な流れ
退去から募集、工事完成までを効率的に進めるためには、それぞれの業務を順番に行うのではなく、並行して進めることがポイントです。
1.解約通知を受けたら募集条件を確認する
解約通知を受けた時点で、現在の家賃と周辺の募集状況を確認します。
家賃を据え置くのか、値上げするのか、条件を見直すのかを検討し、退去日までに募集条件を決定します。
2.過去の修繕履歴と設備状況を確認する
前回交換したクロス、床材、エアコン、給湯器などの履歴を確認します。
設備の使用年数や過去の不具合が分かれば、退去後に必要となる工事をある程度予測できます。
3.退去前に施工会社の予定を確保する
退去予定日を施工会社へ共有し、現地確認や工事着手の候補日を押さえます。
この時点で工事内容を確定できなくても、施工会社に予定を共有しておくだけで、退去後の動きがスムーズになります。
4.退去日に室内確認を行う
退去立会いまたは室内確認を行い、汚損や破損、設備の不具合を写真で記録します。
入居者負担になる可能性がある箇所だけでなく、次の募集に影響する箇所も確認します。
5.見積もりと募集を並行して進める
見積もりを作成している間も、募集条件が決まっていれば物件情報の公開準備を進めます。
工事の完成を待ってから募集図面を作成するのではなく、募集と工事を並行して進めることで、空白期間を減らせます。
6.工事完成後に写真と物件情報を更新する
工事が完了したら、室内の仕上がりを確認し、募集写真を撮影します。
設備や内装を変更した場合は、募集図面やポータルサイトの情報も更新します。
工事完成後の写真を早く公開できれば、内見希望者に室内の魅力を具体的に伝えやすくなります。

工事費を抑えることだけが正解ではない
原状回復工事では、複数の施工会社から見積もりを取り、価格を比較することも大切です。
ただし、最も安い施工会社を選ぶことが、必ずしもオーナー様の利益につながるとは限りません。
例えば、A社の見積もりが20万円で工事期間が5日、B社の見積もりが18万円で工事開始までに3週間かかるとします。
B社を選べば工事費を2万円抑えられますが、工事の開始が遅れて空室期間が長くなれば、家賃によっては2万円を上回る機会損失が発生します。
比較すべきなのは工事費だけではありません。
- 見積書が提出されるまでの日数
- 工事を開始できる日
- 工事に必要な日数
- 仕上がりの品質
- 工事後の保証や手直し対応
- 募集への影響
- 想定される空室損失
これらを総合的に確認する必要があります。
安さを優先して工事の品質が下がれば、内見時の印象が悪くなったり、入居後に不具合が発生したりする可能性もあります。
必要な品質を確保しながら、適正な価格と日程で工事を進めることが重要です。
オーナーが管理会社に確認したい5つのポイント
原状回復工事の進め方は、管理会社によって異なります。
退去の連絡が入ったときには、次の5点を確認してみましょう。
退去予定の段階から募集準備を始めているか
退去日を待たずに、家賃査定や募集条件の確認を行っているかを確認します。
見積書の提出期限が決まっているか
退去確認後、何日以内に見積書が提出されるのか、社内の目安を聞いておきましょう。
工事中でも募集できる体制があるか
工事完成後でなければ募集しない運用になっていないかを確認します。
工事の進捗が共有されるか
工事の発注日、着工日、完成予定日、写真撮影日などがオーナー様に共有されるかを確認します。
募集と工事の担当者が連携しているか
原状回復工事の担当者と募集担当者が別の場合、情報共有ができていないことがあります。
「工事は終わっているのに写真が更新されていない」「募集担当者が入居可能日を把握していない」といった状態を防ぐため、担当者同士の連携体制も重要です。
原状回復のスピードは管理会社の運営力が表れる部分
原状回復工事は、単に部屋をきれいにする作業ではありません。
退去受付、室内確認、費用負担の整理、見積もり、オーナー様への説明、施工会社の手配、募集条件の決定、物件情報の公開、写真撮影など、複数の業務が関係しています。
これらの業務が一つずつ順番に進められていると、募集開始までに時間がかかります。
一方、退去予定が分かった時点から各担当者が準備を進め、募集と工事を並行して進められる管理体制であれば、空室期間を短縮できる可能性が高まります。
オーナー様としては、工事費の金額だけを見るのではなく、「解約通知を受けてから募集が公開されるまでに何日かかっているか」「退去から工事完成までの進捗が共有されているか」という点も確認することが大切です。
まとめ
原状回復工事の遅れは、工事費とは異なり、損失額が見積書に表れません。
しかし、募集開始が遅れれば、入居希望者から問い合わせや申し込みを受ける機会が減り、空室期間が長引く可能性があります。
空室期間を短くするためには、次の対応が重要です。
- 解約通知を受けた段階から募集条件を検討する
- 退去前に工事内容を予測し、施工会社と日程を調整する
- 退去後は見積もり、工事、募集を並行して進める
- 工事費だけでなく、完成までの日数も比較する
- 工事完成後は速やかに写真と募集情報を更新する
退去後の動きが遅いと感じる場合は、現在の管理会社に、募集開始日、見積書の提出日、工事の発注日、完成予定日を確認してみましょう。
原状回復工事の価格が適正であっても、募集開始までに長い時間がかかっているのであれば、管理体制そのものを見直す必要があるかもしれません。
退去から募集、工事完成までの流れに不安がある場合は、原状回復工事だけでなく、入居者募集まで一体的に管理できる不動産管理会社へ相談することも一つの方法です。
