「うちの物件は長く住んでくれている入居者が多いから安心」
賃貸物件を所有するオーナー様にとって、長期入居は非常にありがたいことです。
退去が少なければ、新しい入居者を募集するための広告費や原状回復費、空室期間による家賃収入の減少なども抑えやすくなります。
安定した賃貸経営という意味では、長く住んでもらえることは大きなメリットといえるでしょう。
しかし、その一方で注意したいのが、現在の家賃と市場相場とのズレです。
入居から長い年月が経過している間に周辺の家賃相場が変化していても、入居中の家賃は契約当初のまま、というケースは珍しくありません。
特に賃貸需要が高まっているエリアや、周辺環境が改善しているエリアでは、数年前に決めた家賃と現在の募集相場との間に差が生じていることがあります。
ただし、「周辺の家賃が上がっているから、既存入居者の家賃も同じように上げればよい」というほど単純な話ではありません。
今回は、長期入居者が多い物件で家賃相場を確認する重要性と、実際に家賃を見直す際にオーナー様が注意しておきたいポイントについて解説します。
長期入居が多い物件ほど家賃の「現在地」が分かりにくくなる
長期入居者が多い物件では、そもそも新規募集をする機会が少なくなります。
これは空室が少ないという意味では良いことなのですが、新規募集がなければ「今、この部屋を募集するといくらで貸せるのか」を確認する機会も減ってしまいます。
たとえば、ある部屋の入居者が何年も前から継続して住んでいる場合、その家賃は入居当時の市場環境をもとに決められている可能性があります。
その後、周辺で再開発が進んだり、商業施設が増えたり、交通利便性が改善したりすれば、地域全体の賃貸需要が変化することもあります。
反対に、新築物件が大量に供給されたり、人口や賃貸需要が減少したりすることで、以前より家賃相場が下がるケースも考えられます。
つまり、長期間家賃を確認していないと、オーナー様自身が「現在の適正な家賃水準」を把握できなくなってしまうのです。
「満室だから問題ない」とは限らない
特に注意したいのが、満室状態が続いている物件です。
満室であれば収入も安定しているため、家賃設定について改めて検討する必要性を感じにくくなります。
しかし、仮に現在の家賃が周辺相場より低かったとしても、当然ながら入居者から「家賃が安すぎるので上げてください」と申し出てもらえるわけではありません。
その結果、入居率は高いものの、市場環境に対して収益力を十分に生かせていない状態になっている可能性があります。
だからこそ重要なのは、家賃を上げるかどうかにかかわらず、定期的に自分の物件の家賃が市場のどの位置にあるのか確認することです。
「募集家賃」と「現在の入居者の家賃」は同じではない
家賃相場を確認するときに、特に気をつけたいポイントがあります。
それは、不動産ポータルサイトなどに掲載されている「募集家賃」と、現在入居している方の家賃を単純比較しないことです。
募集サイトに掲載されている金額は、あくまで貸主側が募集時に設定している条件です。
その金額で実際に契約が成立するとは限りません。
また、同じマンションや近隣物件であっても、階数、方角、間取り、広さ、設備、室内状態、築年数、駅からの距離などによって条件は異なります。
さらに、現在住んでいる入居者との契約には、それまでの契約経緯もあります。
そのため、
「隣のマンションがこの家賃で募集している」
「同じマンションの別の部屋が高く募集されている」
という理由だけで、既存入居者の家賃も同じ水準まで変更できると判断するのは慎重になる必要があります。
家賃相場を見る際には、できるだけ条件の近い物件を複数確認し、募集価格だけでなく、実際の成約状況なども踏まえて総合的に判断することが重要です。

家賃相場はいつ確認すればいい?
家賃相場を確認することと、実際に家賃を変更することは別の話です。
相場確認については、更新時だけに限定する必要はありません。
むしろ管理会社としておすすめしたいのは、日頃から定期的に家賃相場を確認しておくことです。
契約更新が近づいたとき
最も分かりやすいタイミングが、賃貸借契約の更新前です。
更新時期が近づいた段階で、現在の家賃、周辺相場、同一建物内の募集状況、入居期間などを確認します。
ただし、「更新だから当然に家賃を上げられる」というわけではありません。
東京都住宅政策本部も、更新時の賃料値上げが法律上ただちに認められるわけではないことや、賃料見直しに応じないことだけを理由として更新を拒絶できるものではない旨を案内しています。
更新はあくまで、現在の賃料水準について改めて確認する一つのタイミングとして考えるとよいでしょう。
同じ建物で退去・新規募集が発生したとき
非常に参考になるのが、同じアパート・マンション内で別の部屋が退去したタイミングです。
同じ建物であれば、立地、築年数、建物グレードなど多くの条件が共通しています。
空室になった部屋について現在の市場を調査し、募集条件を決める際に、既存入居者の家賃についても一度確認しておくとよいでしょう。
特に間取りや広さ、階数などが近い部屋であれば、自分の物件内で家賃のバランスを把握する良い機会になります。
周辺環境が大きく変化したとき
駅周辺の再開発、新しい商業施設の開業、交通利便性の向上など、物件周辺の環境が変化したときも確認するタイミングです。
立地条件そのものは変わらなくても、周辺環境の変化によって賃貸需要が変わる場合があります。
一方で、近隣に競合となる賃貸住宅が増えれば、募集条件に影響することも考えられます。
「以前調べたから大丈夫」ではなく、現在の市場環境を定期的に確認することが大切です。
固定資産税や維持管理コストなどの負担が変化したとき
賃貸経営では家賃収入だけでなく、建物を維持するためのさまざまな費用が発生します。
税負担や修繕費、設備交換費など、物件を所有・維持するためのコストに変化があった場合には、賃貸経営全体の収支を見直す機会になります。
ただし、オーナー側の支出が増えたからといって、その金額をそのまま入居者の家賃へ転嫁できるわけではありません。
あくまで現在の賃料が妥当なのかを考える材料の一つとして確認する必要があります。
法律上、家賃の増額はどのように考えられている?
家賃の見直しを考えるうえで知っておきたいのが、借地借家法第32条の「借賃増減請求権」です。
同条では、土地や建物に対する税などの負担の増減、土地・建物価格の変動など経済事情の変化、近隣の同種物件の家賃との比較などによって現在の家賃が不相当となった場合、当事者は将来に向かって家賃の増減を請求できるとされています。一定期間家賃を増額しないという特約がある場合には、その内容にも注意が必要です。
重要なのは、「相場が上がった=自動的に家賃が上がる」という制度ではないということです。
国民生活センターも、賃料改定については契約書の内容を確認し、貸主側が値上げ理由や根拠を示したうえで話し合うことを案内しています。
実際に家賃改定を検討する場合には、契約内容や個別事情によって判断が異なるため、管理会社や必要に応じて弁護士などの専門家へ確認することが望ましいでしょう。
家賃を上げれば収益が改善するとは限らない
ここはオーナー様に特に意識していただきたいポイントです。
賃貸経営で大切なのは、「家賃をできるだけ高くすること」ではありません。
最終的に物件から安定した収益を得ることが重要です。
長期入居している方が退去すれば、原状回復工事が必要になることがあります。
さらに次の入居者が決まるまで空室期間が発生する可能性があり、募集条件によっては広告費なども必要になります。
そのため、家賃を少し高くできたとしても、それがきっかけとなって退去し、長期間空室になれば、必ずしも収益改善につながるとは限りません。
逆に、市場相場より多少低い家賃であったとしても、長期間安定して住んでもらえることで結果的に収益が安定するケースもあります。
大切なのは「上げられるか」より「上げるべきか」
家賃改定を考える際には、法的に増額を求める余地があるかだけではなく、賃貸経営上のメリットとデメリットを考える必要があります。
現在の家賃と市場相場との差、入居期間、入居者との関係、退去した場合の想定募集家賃、原状回復費用、空室期間のリスクなどを総合的に考えます。
場合によっては、現在の家賃を維持して長期入居を優先するという判断も十分に考えられます。
反対に、市場相場との乖離が大きくなっている場合には、その状態を何年も放置するのではなく、今後どのように調整していくかを検討しておくことが大切です。

避けたいのは「何年も確認していなかった」という状態
家賃の見直しで最も避けたいのは、値上げしないことではありません。
現在の家賃が適正なのか分からないまま何年も経過していることです。
相場を確認した結果、「現在の家賃を維持する」という結論になるのであれば、それも一つの経営判断です。
一方、相場そのものを確認していなければ、現在の収益性が適正なのか判断することができません。
家賃だけでなく、管理費や修繕費、空室率、設備投資などを含め、物件の収益状況を定期的に確認することが賃貸経営では重要になります。
管理会社から空室が出たときの募集家賃しか提案されていないのであれば、既存入居者を含めた建物全体の家賃状況について相談してみるのもよいでしょう。
家賃相場を確認することは「値上げするため」だけではない
家賃査定というと、「もっと高く貸せないかを調べるもの」というイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、本来の目的はそれだけではありません。
現在の物件が市場の中でどの位置にいるのかを把握し、今後の賃貸経営を考えるための材料にすることが重要です。
たとえば、現在の家賃が相場より低ければ、将来退去した際に募集家賃を見直せる可能性があります。
反対に、現在の家賃が市場相場より高いのであれば、退去後に同じ家賃で募集しても長期空室になる可能性を考えておく必要があります。
つまり、家賃相場を把握しておけば、退去が発生してから慌てて募集条件を決めるのではなく、事前に次の一手を考えることができます。
まとめ|長期入居を大切にしながら家賃の「現在地」を確認しよう
長く住んでくれる入居者は、賃貸経営にとって非常に大切な存在です。
だからこそ、家賃を機械的に引き上げるのではなく、長期入居によるメリットと現在の市場相場の両方を見ながら判断することが重要です。
長期入居者が多い物件では新規募集の機会が少ないため、気付かないうちに市場相場と現在の家賃に差が生じていることがあります。
まずは「値上げするかどうか」を決めるのではなく、現在の家賃が市場の中でどの位置にあるのかを知ることから始めてみてはいかがでしょうか。
周辺相場だけでなく、同一建物の募集・成約状況、設備、築年数、入居期間、今後必要になる修繕などを含めて確認すると、物件の収益状況がより見えやすくなります。
「長期間、家賃を見直していない」「現在の家賃が適正なのか分からない」「更新時に家賃を見直すべきか迷っている」という場合には、管理会社に現在の賃料査定を依頼してみるのも一つの方法です。
家賃を上げること自体を目的にするのではなく、長期入居と収益性のバランスを取りながら、物件を安定して運用していくことが、長期的な賃貸経営では大切です。
