入居者が退去した後、管理会社から送られてきた原状回復工事の見積書を確認したものの、「この工事は本当に必要なのか」「なぜこの内容になったのか、説明がない」と感じたことはないでしょうか。
なかには、退去後の室内写真と見積書だけが送られてきて、オーナーが承認するのを待つだけという管理会社もあります。
原状回復工事は、単に室内をきれいな状態に戻すためだけのものではありません。次の入居者を早く決め、適正な賃料を維持するための重要な機会でもあります。
そのため、管理会社には工事を手配するだけでなく、物件の状態や募集市場を踏まえた提案力が求められます。
今回は、原状回復時に管理会社からどのような提案があるべきなのか、オーナーが確認したい対応力について解説します。
原状回復は「入居当時の状態に戻すこと」ではない
まず理解しておきたいのが、賃貸住宅における原状回復の基本的な考え方です。
原状回復という言葉から、入居者が退去するときには、室内を入居時とまったく同じ状態に戻さなければならないと思われることがあります。
しかし、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、原状回復は、入居者の故意や過失、通常の使用を超える使い方などによって生じた損傷を復旧することと整理されています。
一方、時間の経過による設備や内装の劣化、通常の生活によって生じる損耗については、原則として賃料に含まれるものと考えられています。
つまり、原状回復とは、必ずしも室内全体を新品同様にすることではありません。入居者が負担する部分と、オーナーが維持管理のために負担する部分を分けて考える必要があります。
原状回復工事と募集のための工事は分けて考える
退去後に行う工事には、大きく分けて次の2種類があります。
1つ目は、入居者の故意・過失などによって生じた損傷を元に戻すための工事です。
たとえば、家具の移動時につけた床の大きな傷、清掃を怠ったことによる著しいカビ、たばこのヤニや臭いなどが該当する可能性があります。
2つ目は、次の入居者を決めやすくするために、オーナーの判断で行う工事です。
古くなった壁紙の張り替えや、水栓設備の交換、照明器具の変更、アクセントクロスの採用などが考えられます。
後者は、厳密には入居者に負担を求める原状回復とは異なり、賃貸経営上の投資です。
対応力のある管理会社であれば、この2つを混同せず、誰が何の目的で費用を負担するのかを分かりやすく説明します。

提案がない管理会社で起こりやすい問題
原状回復工事について十分な提案や説明がない場合、オーナーは提示された見積書を承認するか、断るかだけの判断になってしまいます。
その結果、次のような問題が起こる可能性があります。
必要のない工事まで発注してしまう
工事会社から出された見積書を、管理会社が十分に精査せず、そのままオーナーへ転送しているケースがあります。
たとえば、壁紙の一部分だけに傷があるにもかかわらず、部屋全体の張り替えが見積もられていることがあります。
もちろん、部分補修では色の差が目立つ場合や、壁紙全体が古くなっている場合には、全面張り替えが適切なこともあります。
しかし、その理由が説明されなければ、オーナーは工事の妥当性を判断できません。
管理会社には、工事会社から提出された見積書を確認し、必要性や施工範囲を精査する役割が求められます。
最低限の原状回復だけで募集を始めてしまう
反対に、必要最低限の清掃や補修だけで募集を始めることが、必ずしも適切とは限りません。
築年数が経過した物件では、室内を元の状態に戻すだけでは、周辺の競合物件と比較された際に見劣りすることがあります。
たとえば、次のような状態です。
- 壁紙や床の色が古い印象を与える
- 照明が暗く、室内写真の見栄えが悪い
- 水栓やスイッチなどの細かい設備が古い
- インターホンや温水洗浄便座など、周辺物件に多い設備がない
- 収納や洗濯機置き場が使いにくい
こうした状態を確認せず、前回と同じ原状回復工事だけを行って募集すると、問い合わせが集まらない可能性があります。
結果として空室期間が長引き、工事費を抑えた以上に家賃収入を失うことも考えられます。
原状回復工事が終わるまで募集が始まらない
原状回復工事の手配や完了を待ってから、ようやく募集条件を決める管理会社もあります。
しかし、退去日が事前に分かっているのであれば、退去前から募集条件や工事方針を検討できる場合があります。
退去後に室内を確認してから最終判断する必要はありますが、想定される工事内容や募集賃料を事前に整理しておけば、募集開始までの時間を短縮しやすくなります。
原状回復工事だけでなく、募集開始までの段取りを逆算して動けるかも、管理会社の対応力を判断するポイントです。
入居者との費用負担でトラブルになる
原状回復費用の負担区分について十分な知識や説明がない管理会社では、退去者との精算トラブルが起こりやすくなります。
オーナーとしては入居者に負担してもらえると思っていた工事が、実際には通常損耗や経年劣化としてオーナー負担になることもあります。
反対に、入居者の故意・過失による損傷であっても、入居時の写真や確認記録が残っていなければ、請求の根拠を示すことが難しくなる場合があります。
国土交通省も、原状回復をめぐる紛争の未然防止を目的として、ガイドラインや賃貸住宅標準契約書などを公表しています。原状回復の判断では、契約内容、入居期間、損傷の原因、入居時と退去時の状態などを総合的に確認する必要があります。

対応力のある管理会社が行う原状回復の提案
それでは、原状回復時に管理会社からどのような提案があれば、安心して任せられるのでしょうか。
室内の状態を写真付きで報告する
原状回復工事の判断には、まず室内の状態を正確に把握する必要があります。
対応力のある管理会社は、単に「壁紙の張り替えが必要です」と報告するのではなく、傷や汚れの位置、範囲、原因が分かる写真を提示します。
また、次のような内容も整理して報告します。
- 入居者の故意・過失と考えられる箇所
- 通常損耗や経年劣化と考えられる箇所
- 修繕しなければ次の募集に影響する箇所
- 現時点では工事を見送れる箇所
- 設備の故障や不具合が確認された箇所
オーナーが現地を見なくても判断できるように、写真と文章で状況を共有することが大切です。
工事の必要性と優先順位を説明する
すべての工事を一度に行う必要があるとは限りません。
予算や賃料、築年数、保有方針によって、優先すべき工事は変わります。
たとえば、管理会社から次のように提案があれば、オーナーは判断しやすくなります。
- 壁紙は一部に汚れがあるものの、清掃で対応可能
- 床の傷は目立つため、募集写真を撮る前に補修した方がよい
- エアコンは使用可能だが、製造から年数が経過しているため今後の故障に注意
- 水栓は故障していないものの、低額で交換でき、室内の印象改善が期待できる
- キッチン全体の交換は費用が大きいため、今回は水栓と取っ手の交換にとどめる
必要性、費用、期待できる効果を並べて説明することが、提案力のある管理会社の特徴です。
複数の工事案を提示する
原状回復工事の提案は、1つだけとは限りません。
たとえば、次のように複数の選択肢を提示することができます。
最低限の原状回復プラン
清掃や部分補修を中心に、できるだけ工事費を抑える方法です。
築浅物件や、室内の状態が良い物件、周辺の入居需要が強い物件に向いています。
印象改善プラン
壁紙や照明、水栓など、比較的費用を抑えながら見た目の印象を改善する方法です。
募集写真の見栄えを良くし、周辺物件との差別化を図りたい場合に適しています。
設備更新プラン
古くなった設備を交換し、募集力や入居後の満足度を高める方法です。
工事費は大きくなりますが、今後発生する故障対応を減らせる可能性もあります。
管理会社が複数案を提示すれば、オーナーは予算や保有方針に合わせて選択できます。
周辺の募集状況を踏まえて提案する
原状回復工事の内容は、室内の状態だけで決めるものではありません。
同じエリアで募集されている物件の賃料、設備、築年数、募集期間なども確認する必要があります。
たとえば、周辺の競合物件に温水洗浄便座やモニター付きインターホンが標準的に設置されている場合、設備がないことが不利になる可能性があります。
一方で、入居需要が強く、同程度の物件がすぐに成約しているエリアでは、高額なリフォームを行わなくても入居者が決まることがあります。
市場を確認せず、すべての物件に同じ工事を勧めるのではなく、募集状況に応じて提案内容を変えられるかが重要です。
工事費と空室損失を合わせて考える
オーナーにとって、工事費を抑えることは大切です。
しかし、工事費だけで判断すると、かえって収益を下げることがあります。
たとえば、数万円の設備交換を見送った結果、室内の印象が改善されず、空室期間が長引く可能性があります。
反対に、高額なリフォームを行っても、賃料を上げられず、入居期間中に工事費を回収できないこともあります。
管理会社には、次のような視点が求められます。
- 工事によって賃料を維持できるか
- 賃料を上げられる可能性があるか
- 工事をしない場合、募集期間にどのような影響があるか
- 入居後の修繕リスクを減らせるか
- 想定する保有期間内に工事費を回収できるか
確実な成約や賃料上昇を保証することはできませんが、判断材料を示したうえで提案することはできます。
管理会社に確認したい7つのポイント
原状回復時の対応力を確認するため、管理会社には次の項目を質問してみましょう。
1.入居者負担とオーナー負担の区分が明確か
見積書の各項目について、誰が負担するのか、その理由が説明されているかを確認します。
単に負担割合を示すだけでなく、損傷の原因や入居期間、契約内容を踏まえて説明できることが重要です。
2.工事前後の写真が提出されるか
工事前の写真だけでなく、工事完了後の写真も提出されるかを確認します。
工事内容と施工結果を照合できれば、遠方に住んでいるオーナーでも状況を把握しやすくなります。
3.見積書の内容が具体的か
「原状回復工事一式」など、内容が分からない見積書には注意が必要です。
施工箇所、数量、単価、工事内容などが整理されているかを確認しましょう。
4.工事を行わない選択肢も示されるか
管理会社の提案は、工事を増やすことだけではありません。
清掃で対応する、部分補修にする、次回退去時まで交換を見送るなど、工事をしない選択肢を提案できることも大切です。
5.募集担当者の意見が反映されているか
工事担当者だけで原状回復内容を決めると、募集市場とのずれが生じることがあります。
実際に入居者や仲介会社の反応を把握している募集担当者が、工事内容の検討に関わっているかを確認しましょう。
6.工事期間と募集開始日が明確か
見積書の承認後、いつ着工し、いつ完了するのかを確認します。
また、工事中でも募集を開始できるのか、室内写真はいつ撮影するのかまで決めておくと、空室期間の短縮につながります。
7.工事後の効果を検証しているか
工事をして終わりではなく、募集開始後の問い合わせ数や内見者の反応を確認することも重要です。
反響が少ない場合には、賃料、募集条件、写真、設備、広告内容などを見直す必要があります。
管理会社が募集状況を継続的に報告し、必要に応じて次の対策を提案しているかを確認しましょう。

提案が少ないからといって、直ちに管理会社変更が必要とは限らない
原状回復について提案が少ないからといって、すぐに管理会社を変更すべきとは限りません。
担当者が、オーナーは最低限の工事を希望していると思い込んでいる可能性もあります。
まずは、次のように具体的な要望を伝えてみるとよいでしょう。
- 最低限の工事案と、募集力を高める工事案の両方を出してほしい
- 工事ごとの必要性と優先順位を説明してほしい
- 周辺の競合物件と比較した提案がほしい
- 工事前後の写真を提出してほしい
- 入居者負担とオーナー負担を分けてほしい
- 見積書の各項目について単価と数量を明確にしてほしい
要望を伝えた後、管理会社の対応が改善されるかを確認することが大切です。
それでも説明がない、見積書を転送するだけ、募集状況の報告もないという状態が続く場合には、管理体制そのものを見直す必要があるかもしれません。

まとめ
原状回復時に管理会社に求められるのは、工事会社へ見積もりを依頼し、オーナーへ転送するだけの対応ではありません。
室内の状態を確認し、入居者とオーナーの負担区分を整理したうえで、必要な工事と見送れる工事を分けることが重要です。
さらに、周辺の競合物件や募集状況を踏まえ、工事費と空室期間のバランスを考えた提案が求められます。
確認したいポイントは、次のとおりです。
- 室内の状態を写真付きで報告しているか
- 工事の必要性と優先順位を説明しているか
- 複数の工事案を提示しているか
- 入居者負担とオーナー負担を整理しているか
- 周辺の募集状況を踏まえて提案しているか
- 工事期間と募集開始日を管理しているか
- 募集後の反響を確認し、改善提案を行っているか
原状回復工事の内容や費用に疑問がある場合は、見積金額だけで判断せず、工事の目的や募集への効果まで管理会社に確認してみましょう。
現在の管理会社から十分な説明や提案が得られない場合には、別の管理会社に原状回復の進め方や募集方針について相談し、対応を比較してみることも一つの方法です。
