賃貸オーナーが知っておきたい原状回復のガイドラインや費用負担ルール
2021.01.07

退去者が出たあと、床・壁紙などの内装や、給湯器などの設備を補修する「原状回復」。
賃貸経営オーナー様にとって、「原状回復」は気になるリスクのひとつではないでしょうか。
原状回復の箇所が多く大規模だと、費用がかさみます。
しかし原状回復を怠ると、内装や設備が傷んで物件の価値が下がります。
また原状回復は、オーナー様(賃貸人)・入居者(貸借人)のどちらがどこまで費用負担すべきかトラブルになることも多いんです。
原状回復について正しく知り、トラブルを避け、賢い業者選びでコストを抑えることは、安定した賃貸経営に欠かせません。
そこで、
・国交省が定める「原状回復のトラブルとガイドライン」
・2020年4月に改正された民法
をもとに、
■原状回復の費用負担ルール
■原状回復でトラブルが多い実例の判断基準
について詳しく解説します。
あわせて原状回復の
■費用相場
■補修にかかる期間
■業者の選び方
もご紹介します。
「原状回復をスムーズに終わらせたい」
「原状回復をめぐって入居者とトラブルになるのを避けたい」
「原状回復費用の負担ルールを正確に知りたい」
と思っているオーナー様は必見です。
賃貸住宅の原状回復のガイドラインとは

賃貸住宅の原状回復は、オーナー様(賃貸人)と入居者(貸借人)の間で、補修費用の負担をめぐるトラブルが多い問題です。
そこで国土交通省によって1998年に「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が定められました。(最新の改訂は2011年)
ガイドラインには主に、オーナー様(賃貸人)・入居者(貸借人)間の
・原状回復の費用負担ルール
・原状回復でトラブルが多い実例の判断基準
・原状回復のトラブルを未然に防ぐ確認リスト
など、原状回復の基本的な考え方から、実務に役立つ判断基準・ツールまで幅広い内容が網羅されています。
ガイドラインの内容について、詳しくみていきましょう。
原状回復の費用負担ルール
ガイドラインでは、原状回復の定義を
貸借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、貸借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損(以下「損耗等」という。)を復旧すること
出典:国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)H23年8月
としています。
入居者が物件を退去する際は、物件を入居時の状態に戻す義務があります。(原状回復義務)
しかし建物は経年劣化するもの。
ガイドラインでは、過去の判例などから普通に生活していて生じる汚れや傷の補修費用は、入居者が賃料によって支払っているものとしています。
そのため普通の生活によって生じた汚れや傷は、入居者が退去時の原状回復費用として負担する必要はないとしています。
(例)
ダイニングテーブルを置いていた床に、テーブル脚のへこみ跡がついた
→ 普通の生活範囲で生じた傷のため、入居者は原状回復を負担しなくてよい。
= 原状回復はオーナー様負担
ではどういった場合に、入居者が原状回復費用を負担すべきかというと
・故意や過失
・不注意
・普通の生活を超えるレベル
によって生じた汚れや傷です。
(例)
部屋内でタバコを吸っていたため、壁紙がヤニで黄色く変色した
→ 入居者の故意(喫煙行為)による汚れのため、変色した壁紙の原状回復は入居者負担
ここで注意したいのは、入居者が原状回復費用を負担すべきなのは「故意・過失・不注意などによる汚れや傷のみ」であること。
通常の生活範囲で汚れた部分の壁紙補修や、入居時よりグレードアップした壁紙を貼り替えた部分については、オーナー様の費用負担となります。
タバコのヤニで汚れた壁紙の例をとれば、
1 . タバコのヤニで汚れた部分の壁紙の補修 → 入居者負担
2.入居者の通常生活によって経年劣化した壁紙の補修 → オーナー様負担
3.入居時よりグレードアップした壁紙に貼り替えた部分 → オーナー様負担
となります。
改正民法にも定められた原状回復と敷金のルール

2020年4月、明治以来約120年ぶりに改正された民法でも「原状回復ルール」が明文化されました。
民法では、原状回復ルールを以下のように定めています。
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
(改正民法 第621条)
入居者が物件を損傷させた場合は、退去時に、その損傷を入居時の状態に戻す義務があります。(原状回復義務)
しかし通常の使用による損耗・経年劣化などは、入居者が原状回復しなくて良いという趣旨です。
これは、国交省のガイドラインとほぼ同じ内容。
ガイドラインが過去の判例などに基づき示していた原状回復義務の考え方を、民法が法律によって明文化した形です。
さらに民法では、敷金のあり方についても定めています。
いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう
(改正民法 第622条の2)
今まで定義のなかった「敷金」ですが、賃料債務(=家賃滞納)に備えて受け取るお金であることが法律に明文化されました。
つまり「敷金を原状回復費用に充てたので、返金できない」というオーナー側の主張は通らないことになります。
また滞納された家賃に充当した後の残りの敷金は、賃貸契約が終了して退去する時に、入居者に返還しなければならないことも明文化されました。
「特約」があれば、入居者にも原状回復費用を負担してもらえる
ガイドラインや改正民法によれば、原状回復費用はオーナー様の負担が大きくなっています。
入居者がよっぽど何かを壊したり汚したりした場合は、原状回復費用を請求できますが。
入居者がどれだけきれいに普通に部屋を使っていても、退去後は
・ハウスクリーニング
・水まわり設備の消毒
といった最低限の原状回復費用は必須。
ガイドラインと民法では、これらの費用は「通常の使用による損耗」の範囲なので、オーナー様が負担すべきとしています。
しかしガイドラインはもちろん、原状回復についての改正民法の規定は任意規定のため、内容の異なる「特約」も有効となります。
そこでハウスクリーニングなど、通常損耗による原状回復費用の一部を入居者に負担してもらえるのが「通常損耗補修特約」。
賃貸契約を結ぶ際に、特約を
・賃貸契約書に記載
または
・入居者に口頭で説明
することで入居者の合意を得ていれば、特約に明記した通常消耗による原状回復費用は、入居者に負担してもらえます。
「通常損耗補修特約」のポイントは、入居者に費用負担してもらう原状回復の種類・金額を、具体的に明記すること。
たとえば
『退去時の、
・ハウスクリーニング費用…3万円
・トイレ、風呂場、台所の殺菌消毒…1万5千円
は入居者負担とする』
など。
「通常損耗による原状回復費用も入居者が負担すること」といったざっくりした記載(特に入居者の負担金額が明確にわからない記載)では、万が一費用負担でトラブルになった時、特約の有効性が認められない可能性が大きいので注意しましょう。
オーナー様にとって、ハウスクリーニングなどは毎回必須となる原状回復費用。
退去時に費用を請求することができるため、「通常消耗補修特約」は賃貸契約書に明確に記載し、入居者にしっかり説明して合意を得ておくことがおすすめです。
原状回復でトラブルが多い実例の判断基準
「こんな場合、入居者・オーナーどちらが原状回復の費用を負担すべき?」
原状回復の実務では、費用負担の判断について悩む場面が多々あるかと思います。
原状回復のガイドラインには、トラブルが多い実例と判断基準が詳しく示されています。
下表に一部を抜粋します。
オーナー(賃貸人)負担 | 入居者(貸借人)負担 | |
床 (畳・フローリング・カーペットなど) | (1)畳の表替えやフローリングのワックスがけ (次の入居者確保のために行うもの) (2)家具の設置によるへこみ跡 (3)日当たりや雨漏りによる変色、色落ち | (1)飲み物などをこぼしたシミ・カビ (2)引越作業などによる傷・破損 (3)入居者の不注意で雨が吹き込んだ事による変色、色落ち |
壁紙(壁や天井など) | (1)テレビや冷蔵庫などの後部壁面の黒ずみ(電気ヤケ) (2)画鋲やピンの穴(下地ボードの補修を伴わない程度) (3)エアコン設置による壁のビス穴や跡 (4)日焼けなど自然現象による変色 | (1)日常清掃を怠ったための台所の油汚れ (2)くぎ穴、ネジ穴(下地ボードの補修が必要なもの) (3)結露やクーラーの水漏れを放置したことによるカビやシミ (4)タバコのヤニによる変色 (5)落書きなど故意による汚れ |
建具、ふすま、柱など | (1)網戸の張替え (次の入居者確保のために行うもの) (2)地震などの自然災害で破損したガラス | (1)ペットが柱等につけた傷やニオイ |
設備、その他 | (1)ハウスクリーニング (2)台所・トイレの消毒、浴槽・風呂釜の取り替え (次の入居者確保のために行うもの) (3)鍵の取り替え(破損・紛失がない場合) (4)設備機器の故障や耐用年数超えによる使用不能 | (1)入居者が清掃や手入れを怠った結果、生じた汚損の清掃 (2)日常の不適切な手入れや用法違反による設備の毀損 (3)鍵の紛失や破損による取り替え |
こうして見ると、
・次の入居者確保のためのリフォームに近い補修
・家具、エアコン、家電など日常生活に必要な物の設置による損耗の補修
・自然現象や自然災害による損耗の補修
は基本的にオーナー様負担となっていることがわかります。
ハウスクリーニングや水まわり設備の消毒など、通常使用による損耗の原状回復費用を入居者にも求めたい場合は、「通常損耗補修特約」が必要です。
「通常損耗補修特約」を有効にする場合は、入居者に
・どんな原状回復の種類を(ハウスクリーニングや水まわり設備の消毒など)
・いくら負担してもらうか(ハウスクリーニングは3万円、水まわり設備の消毒は1万5千円など)
を契約書に記載または口頭で説明して、入居時に合意を得ておきましょう。
原状回復の費用負担割合は、経過年数・入居年数によって変わる
オーナー様(賃貸人)・入居者(貸借人)間での、原状回復の費用負担の割合は、
・物件や設備の経過年数
・入居者の入居年数
によって変わります。
物件や設備は古ければ古いほど壊れやすくなっているため、入居者の原状回復の負担割合は少なくなります。
たとえば新築時に、耐用年数6年の壁紙を貼っている物件の場合。
入居後すぐに壁紙貼り替えが必要となった場合は、入居者の費用負担が100%となります。
入居後3年で壁紙貼り替えが必要となった場合は、入居者・オーナー様の費用負担は50%ずつ。
入居後6年以降の交換は、壁紙が耐用年数に達しているため、オーナー様の費用負担が100%となります。

さらに言えば、入居時すでに壁紙を貼って数年経っており、壁紙の価値が初めから80%しかない場合。
入居後すぐに壁紙を貼り替えることになっても、入居者の費用負担は80%にとどまります。
入居後3年で壁紙貼り替えが必要となった場合は、入居者の費用負担は35%。
入居後5年以降の貼り替えには、壁紙の経過年数を考慮して、オーナー様の費用負担が100%となります。
入居者とオーナー様の原状回復の費用負担の割合は、入居時の物件・設備の経過年数や、入居年数を考慮して判断する必要があります。
原状回復のトラブルを防ぐ入退去時の確認リスト
原状回復の費用負担の割合を判断するには、「入退居時の内装や設備がどんな状態であったか」を把握しておく必要があります。
原状回復のガイドラインでは、入退去時に内装・設備の状態を確認するためのリストが公表されています。
入居時には、損耗の有無、交換年月などを。
退去時には、損耗の有無、修繕・交換の要否を。
入居者・オーナー様相互に確認し合うことで、納得感のある費用負担の割合を導くことができます。

賃貸住宅の原状回復の費用相場は?
一般的に、原状回復にかかる費用の相場は以下の通りです。
(料金は部屋の広さや業者によって異なります)
ハウスクリーニング(ワンルーム〜4LDK) | 3〜7万円 |
壁紙の張り替え | 1,000〜1,500円/㎡ |
フローリング床の傷やへこみ補修 | 1〜6万円 |
フローリング床の張り替え | 2〜10万円/㎡ |
例えばワンルームのハウスクリーニング・壁紙の張り替え(10㎡分)・床の傷補修をおこなった場合、約5〜10万円の原状回復費が必要です。
賃貸住宅の原状回復にかかる期間は?

賃貸住宅の原状回復は、ハウスクリーニング・壁紙貼り替え・畳の表替えなどの簡単な作業であれば2〜3日中に終わることもあります。
しかしフローリング全体を貼り替えたり、壁の下地を交換したり、作業の規模が大きくなると1〜2週間かかることも。
また原状回復にかかる期間は、工事中のみではありません。
工事開始前には、業者を選び、見積もりを取り、作業工程を確認する期間が。
工事終了後は仕上がりを確認し、場合によってはやり直しを依頼する期間が必要になることも。
前の入居者が退去後、次の入居者が住めるようになるまでは、2週間〜1ヶ月程の期間を見込んでおくことが無難です。
さらに春先の引越しシーズンなどの繁忙期は、業者のスケジュールがなかなか押さえられない問題も。
原状回復が終わらないと次の入居者が住めないため、繁忙シーズンに入居者を逃してしまうリスクもあります。
退去日程が決まったら、できるだけすみやかに原状回復の段取りを始めることがおすすめです。
賃貸住宅の原状回復業者はどう選ぶ?

原状回復を依頼する業者は、どのように選ぶのが賢いのでしょうか?
原状回復の業者を選ぶ方法は、2通りあります。
(1)賃貸管理会社に業者を紹介してもらう
(2)オーナー様個人で業者を探す
無難に原状回復を済ませるなら、(1)賃貸管理会社の紹介業者を利用するのがおすすめです。
賃貸管理会社に業者を紹介してもらうと、以下のようなメリットがあります。
○業者を探す手間が省ける
○業者に信頼がおける
○見積もり・工事の立ち合い・工事後の確認・請求事務などを、賃貸管理会社が代行してくれる
しかし
×賃貸管理会社に「業者の紹介手数料」を取られる場合がある
というコスト面でのデメリットがあります。
オーナー様ご自身で業者を探す場合は、以下のポイントに気をつけましょう。
・対応が迅速か
・価格が適正か
・見積もり金額が詳細か(大体いくら、など大雑把な場合は注意)
・知識やノウハウが豊富か
原状回復は、工務店や個人業者などにも依頼できますが、原状回復専門の業者もあります。
業者選びに迷ったら、原状回復の専門業者に依頼するのが安心でしょう。
まとめ
原状回復の費用は、
・入居者の故意、過失、不注意などによって生じた損傷
の場合は、入居者に請求できます。
しかし
・普通の生活によって生じた損耗
・経年劣化による損耗
の原状回復は、オーナー様負担となります。
ただし「通常損耗補修特約」として、入居者に負担を求める原状回復費用の種類・金額を明確にし、契約書または口頭説明によって合意を得ている場合は、入居者にも原状回復費用を請求できます。
また入居者に原状回復の費用負担を求める際は、物件や設備の経過年数・入居年数を考慮する必要があります。
原状回復の費用負担を正確に判断するためには、入退去時に、物件・設備の損耗具合や経過年数などの状況を入居者と確認しておくことが重要です。
・入退去時の、入居者との物件状況確認
・原状回復の費用負担の判断
・原状回復の業者選びや工事立ち会い
など、原状回復をスムーズに進めるための諸々の手続きは、賃貸管理会社にお任せいただくのも解決策のひとつです。
原状回復で入居者とのトラブルが心配な場合や、業者選びでお困りの場合は、ぜひ我々賃貸管理会社にご相談ください。